天草の歴史情緒あふれる世界遺産をご紹介!潜伏キリシタンの﨑津集落って?

天草の歴史情緒あふれる世界遺産をご紹介!潜伏キリシタンの﨑津集落って?

日本の主な宗教は古くから仏教ですが、熊本県の天草地方では、キリスト教を信仰する人々が隠れていたとされる集落があります。現在では世界遺産に登録されている天草で、歴史情緒溢れる美しい場所です。世界遺産に登録されるまでの天草の歴史を紐解いていきましょう。

記事の目次

  1. 1.天草の世界遺産は遠出してでも見学したい観光スポット
  2. 2.「世界遺産」とは?
  3. 3.近年に登録された天草の世界遺産はどこ?
  4. 4.長崎と天草地方の世界遺産・集落
  5. 5.長崎と天草地方の世界遺産・城跡
  6. 6.長崎と天草地方の世界遺産・島の集落
  7. 7.長崎と天草地方の世界遺産・教会
  8. 8.天草の世界遺産見学ならツアーがおすすめ
  9. 9.天草観光で「世界遺産」をじっくり巡ろう!

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天草の世界遺産は遠出してでも見学したい観光スポット

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熊本県の天草地方には、数多くの世界遺産が存在しています。日本は古くから仏教が主流の国ですが、仏教も本来はインドや中国から伝わったものです。キリスト教が伝わりだした当初は、黙認されていました。

しかし、キリスト教徒の数が増えるにつれ、幕府を脅かすようになると考えた当時の将軍、徳川家康によって禁教令が出されます。

キリスト教が広まるにつれ、西国大名が貿易で利益を得ようとしていたために、その抑圧も含め、幕府はキリスト教の布教を禁止に至りました。3代目将軍の德川家光公の時代になると、キリスト教弾圧は厳しさを増します。

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キリスト教の弾圧は長期に渡り、17世紀~19世紀頃まで続きます。厳しい弾圧にも負けず、キリスト教信仰を後世まで繋いだ、潜伏キリシタンと呼ばれた人々が生活をした場所が、世界遺産となっています。

日本の激動の時代を垣間見ることのできる、天草の世界遺産は、遠出をしてでも見る価値のある観光スポットです。

「世界遺産」とは?

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世界遺産とは、世界的にみて、宝物として守っていく必要のある文化財や自然のことをいいます。世界遺産に登録されるには、将来長きにわたって、維持管理ができる体制が整っているかどうかなど、登録するにあたって細かく厳しい基準があり、審査されます。

審査を通過し、世界的にその価値が認められ、ようやく世界遺産となります。世界遺産に登録をされると、それで終わりではなく、国や地域、人々が協力をして、世界遺産を守らなければなりません。世界遺産には、文化遺産、自然遺産、複合遺産の三種類があります。

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文化遺産は、建物や遺跡などで、日本で登録されているのは、姫路城や厳島神社です。自然遺産は、鹿児島県の屋久島や北海道の知床などの美しい自然が登録されています。

複合遺産は、文化遺産と自然遺産の二つの要素を持つものです。残念ながら日本ではまだ登録されていませんが、オーストラリアのウルルーカタ・ジュタ国立公園などになります。

長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産は12スポット

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長崎県から熊本県の天草地方にわたり、潜伏キリシタンと呼ばれた人々の関連遺産が12スポットあります。

長崎県の原城址、平戸島の聖地と集落、春日集落と安満岳、中江の島、外海の出津集落、外海の大野集落、黒島の集落、野崎島の集落跡、頭ヶ島の集落、久賀島の集落、奈留島の江上集落(江上天主堂とその周辺)、知っている人も多い大浦天主堂です。

それに加え、熊本県の天草の崎津集落です。これらの12の登録地域の総面積は、構成資産55666ヘクタール、それを保護する緩衝地帯122525ヘクタールにもなります。

熊本県天草市へのアクセス

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大阪から天草地方までは、どの交通手段でも直通便はないので、乗り換えのため、一度熊本県まで入ります。飛行機または車がアクセスしやすい方法となります。

大阪空港から天草エアラインで熊本へのアクセス所要時間は約75分です。熊本からは飛行機で天草空港へアクセスすることができます。熊本から天草地方までは車で、アクセス所要時間は約170分となります。

他の公共機関でのアクセスとなると、乗り換えも多く時間がかかるので、大阪方面からお越しの方は、飛行機か新幹線で一度熊本まで入り、そこからレンタカー、またはタクシーでアクセスされることをおすすめします。

近年に登録された天草の世界遺産はどこ?

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ここ近年で登録された天草の世界遺産は、2018年7月に登録となった、「天草の﨑津集落」です。天草下島の南部に位置しています。リアス式海岸が特徴の美しくおだやかな漁村です。内陸からバスなどでアクセスすることはできますが、長崎方面から、フェリーでもアクセスすることが可能です。

天草の﨑津集落

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熊本県の美しい入り江にたたずむ漁村が、近年世界遺産にも登録された「天草の﨑津集落」です。規模は小さく、のどかな場所です。通常の漁村とは違い、﨑津教会の尖塔(せんとう)が特徴的で、独特の世界観を出しています。

天草の﨑津集落にキリスト教が伝来したのは1569年です。イエズス会の修道士、アルメイダによって布教が始まっことが、﨑津の人々がキリスト教を信仰するきっかけといわれています。

現存している﨑津諏訪神社や旧﨑津教会跡、﨑津教会など、﨑津集落の潜伏キリシタンの歴史は大変興味深いものです。教禁令が出されて23年後に、幕府とキリシタンが戦った、「島原・天草一揆」が起こります。

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幕府の勝利で終わりましたが、その後のキリシタンへの弾圧は一層厳しいものになりました、教禁令も江戸幕府の宗教政策化され、毎年﨑津集落を含めた天草のたちに、キリストやマリアの像などを踏ませる、絵踏みも行われました。

表向きには改宗し、仏教に属しているかのようにみせていた、天草の﨑津集落の潜伏キリシタンたちは、メダイや貝殻の模様を聖母マリアにみたてて、幕府の弾圧に屈することなく信仰していました。しかし、1804年には、潜伏キリシタンであった1709名が検挙される、天草くずれが起こります。

Photo byjplenio

天草くずれによって、﨑津集落の人々は、メダイや聖母マリアに見立てた貝殻など、信心具を﨑津諏訪神社の境内に設置された箱に投げ捨てることになりましたが、その後もキリスト教信仰を守り続け、1873年のキリスト教解禁後、カトリックに復帰しています。

歴史に残る史実が起こった場所や建物も世界遺産に登録されるほど貴重なものですが、幕府の弾圧にも負けず、創意工夫をしながら信仰を守り続け後世に繋いだ、天草の﨑津集落の潜伏キリシタン独特の信仰は大変価値もあるものです。

住所 熊本県天草市河浦町﨑津
電話番号 095-823-7650(長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンター)

長崎と天草地方の世界遺産・集落

Photo by hiropiro.

熊本県の天草地方にある﨑津集落を含めた、長崎県の世界遺産・集落をご紹介します。どの集落も歴史の教科書に載る様に、日本の歴史に大きくかかわった人々が住んで居た、大変価値のある世界遺産です。

外海の出津集落

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「外海の出津集落(そとめのしつ集落)」も潜伏キリシタンが多住んで居た場所として世界遺産に登録されている12ある場所の内の一つです。外海の出津集落は禁教令が出るまで、かつては約5000人近いキリスト教信者がいました。

外海は大村城下からも遠く、出津や黒崎などの地域は、禁教令が出ていても比較的寛容な佐賀藩の飛び地も混じっていたので、多くの潜伏キリシタンが存在していました。

外海の出津集落の潜伏キリシタンも、天草の﨑津集落や他の地域に潜んでいたキリシタン同様、表向きは仏教に改宗し、密かにキリスト教を信仰していました。

Photo byddzphoto

外海の出津集落の潜伏キリシタンは、洗礼や葬儀は組の長が行い、日本人絵師が書いた聖画像や無原罪のプラケット、仙人像を隠し持ち、拝んでいたといわれています。

教理書やオラシュとよばれる祈りの言葉を口伝するなどもしており、崎津集落とは、また違ったものを信仰対象としていました。

幕府の弾圧が厳しい状況の中でも、潜伏キリシタンが増え続けた要因として、この地域から多くの潜伏キリシタンが五島列島などの離島部へと移住したことだともいわれています。外海の出津集落へは、長崎県からだと、長崎駅前からバスで約1時間10分でアクセスすることができます。

住所 長崎県長崎市西出津町
電話番号 095-823-7650(長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンター)

外海の大野集落

Photo by shinya

外海の出津集落から近い場所にあるのが、「外海の大野集落」になります。外海の大野集落も、天草の崎津集落、外海の出津集落を含め、何かを拝むことによって信仰を実践した4つの集落のうちの一つです。1615年の宣教師文書に、何を信仰していたか、証が残っています。

大野集落の潜伏キリシタンは、表向きはもちろん仏教で、潜伏キリシタンであることを隠すために、神社仏閣の氏子や神職をしたりしていました。大野神社、門神社、辻神社の三か所が物証となる場所となっています。大野神社は潜伏キリシタンが氏子をしていました。

Photo by s.sawada

門神社は、多くの神様が祀られている神社としてその中にキリストも含まれるとし、人々は信仰しました。辻神社は山の神様を祀っており、山の神様をキリストに重ねて信仰していました。他にも、潜伏キリシタンの墓地からは、十字架が出土しています。

禁教令廃止後しばらくは、外海の出津集落の教会に通っていましたが、大野集落の中心に教会堂を建てたことにより、大野集落の潜伏キリシタンの、潜伏が終わりました。

観光の際は、外海の出津集落と合わせて訪れると、歴史的背景がよくわかる場所です。佐世保から直行バス・列車はないため、レンタカーなど車でのアクセスが便利です。

住所 長崎県長崎市下大野町
電話番号 095-823-7650(長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンター)

平戸の聖地と集落(春日集落と安満岳)

Photo by Catedrales e Iglesias

平戸島の西海岸にあるのが「春日集落」です。春日集落は、平戸領主の有力臣下であった籠手田氏の領土でした。1550年に、フランシスコ・ザビエルによってキリスト教が伝わりました。籠手田氏が改宗したことにより、春日集落へキリスト教が広まります。

天草の﨑津集落、外海の出津集落、外海の大野集落に続いて、何かを拝んで信仰を実践した4つの集落のうちの最後が、春日集落です。春日集落は、山と島に加えて、納戸神を信仰していました。

Photo by archer10 (Dennis)

納戸神とは、聖母マリア像やキリストの絵など、信仰の対象になるものを家の納戸に隠していたことから、名前がついたといわれています。他にも春日集落から見える海上に中江ノ島と呼ばれる島があります。

中江ノ島は禁教期に、多くの潜伏キリシタンが処刑された地であり、殉教地として洗礼などを行う聖水を汲む場所としていました。また、キリスト教が信仰される前から山岳信仰の場となっていた安満岳(やすまんだけ)も、合わせて信仰されていました。

Photo byStockSnap

オラショにも入っており、安満岳様と唱えられていたことから、潜伏キリシタンにとって重要な場所だったことがわかっています。現在も納戸神や十字架のある潜伏キリシタンの墓地、キリシタン祠などが残っており、観光スポットとなっています。

住所 長崎県平戸市春日町
電話番号 095-823-7650(長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンター)

平戸の聖地と集落(中江ノ島)

Photo byQuangpraha

平戸島と生月島(いきつきじま)の北の沖合に浮かぶ長さ約400m、幅約50mの小さな無人島が「中江ノ島」です。かつて隠れキリシタンが処刑された中江ノ島は、殉教地として春日集落などに住む、隠れキリシタンの信仰の対象となっていました。

聖地「サンジュワン様」「お中江様」「お迎え様」などと呼ばれていたといわれます。殉教地である中江ノ島の水は聖水とされており、岩から湧き出る水を汲む、「お水取り」も行われていました。お水取りは、キリスト教由来の祝日や急病人が出た際に行われるものでした。

中江ノ島に向かう船の上ではオラショも唱えられていたといいます。中江ノ島、安満岳、春日集落が世界遺産「平戸の聖地と集落」として登録されています。

住所 長崎県平戸市下中野町
電話番号 095-823-7650(長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンター)

頭ヶ島の集落

Photo by gtknj

長崎県の五島列島のうちの一つが「頭ヶ島」です。縄文時代から人が住んでいたとされますが、その後は長く無人島でした。19世紀に入って病人の療養地として人が住む様になったといわれます。19世紀半ばには、開拓を目的として前田儀太夫が移り住みます。

開拓民を増やすために、外海から人を移住させたことが、頭ヶ島に潜伏キリシタンが増えた大きな要因でした。前田儀太夫は仏教を信仰していたので、潜伏キリシタンたちは、一緒に行動をすることで、表向きを仏教徒だとカモフラージュするのに、良い隠れ蓑となっていました。

Photo by archer10 (Dennis)

教禁令廃止後、1919年に現在の頭ヶ島のシンボルともいえる、石造り教会が完成します。現在の頭ヶ島天主堂になります。鉄川与助の設計施工で、近くの島から切り出した石を使用して、信者らが船で運び組み立てました。

随所にツバキをモチーフにした花柄文様があしらわれており、「花の御堂」の愛称もあります。頭ヶ島を代表する観光スポットの内の一つになっています。頭ヶ島天主堂へのアクセスは、上五島空港からシャトルバス等への乗り換えが必要です。

住所 南松浦郡新上五島町友住郷頭ヶ島
電話番号 095-823-7650(長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンター)

長崎と天草地方の世界遺産・城跡

Photo by cotaro70s

長崎と天草地方の世界遺産には、城跡も含まれています。それが歴史歴に有名な出来ごと「島原・天草一揆」の主戦場跡になります。この出来事以降、潜伏キリシタンへの弾圧はより一層厳しいものになりますが、なおも信仰をやめない潜伏キリシタンの信仰の厚さを知ることができます。

原城跡

フリー写真素材ぱくたそ

1604年藩主の有馬氏によって「原城」は築かれます。しかし、次の藩主である松倉氏は、島原城を新しく建てたので、1618年に原城は廃止されてしまいます。

その後、有馬地方と天草地方からキリシタン大名が去り、潜伏キリシタンには厳しい禁教令の中、密かに信仰を続けました。松倉氏による厳しい年貢の取り立てなどに耐えかねた有馬地方と天草地方のキリシタン達は、蜂起し原城跡に立てこもります。

これが1637年に起こった島原・天草一揆です。天草一揆の主導者である天草四朗をはじめ、2万数千の人々は全員殺され、原城跡も石垣などを幕府に壊されます。

Photo by nobu3withfoxy

この天草一揆を脅威だと考えた幕府は、宣教師が多とされるポルトガル国との交流を危険視し、諸外国との交流を禁止します。これが日本の鎖国の始まりです。

1644年には日本国内にいた最後の宣教師も殉教してしまったため、潜伏キリシタンは、原城跡からどうすれば信仰をしていけるのか、考えることになったといわれています。

原城跡には、天草一揆の際の仮設小屋や、敵を見るための櫓(やぐら)、本丸門跡があります。本丸門跡には、主導者であった天草四朗の居住を構えていたとの記録が残されています。こちら原城跡の観光名所となっています。

住所 長崎県南島原市南有馬町乙
電話番号 095-823-7650(長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンター)

長崎と天草地方の世界遺産・島の集落

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長崎と天草地方の世界遺産には、﨑津集落をはじめ、多くの潜伏キリシタンの信仰の厚さをうかがうことができる物証が残されています。

アクセスしやすい場所から、しづらい場所もありますが、世界遺産に登録されてからは、観光の名所として、国内外から多くの人が訪れる人気のスポットです。続いては、長崎と天草地方の世界遺産で島の集落をご紹介しましょう。

黒島の集落

Photo by gtknj

長崎県佐世保の名勝で観光名所でもある、九十九島のうちの一つが黒島です。九十九島の中でも最大の島とされ、黒島に世界遺産に登録された「黒島の集落」はあります。黒島は歴史的に平戸との繋がりが強い場所です。

平戸藩主が黒島を治めていたためです。黒島は他の集落とは違い、16世紀から17世紀にかけて、宣教師がいなかったため、まだキリスト教の布教はされていませんでした。19世紀には平戸藩の牧場をつくります。

Photo byJACLOU-DL

しかし、馬よりも田畑の必要性が増したため廃止します。平戸藩は牧場の跡地を再開発するために、外海などの他の地域から開拓民を移住させたため、潜伏キリシタンが多く移住しました。

潜伏キリシタンは共同体維持を目的をし、7つある集落のうち6つが潜伏キリシタンの集落でした。黒島の潜伏キリシタンも表立っては仏教に属し、マリア観音と呼ばれる聖母マリア像を祈りの対象としていました。

黒島の興禅寺にマリア観音は置かれていたといわれています。禁教令廃止後、黒島にもキリスト教信者たちが力を合わせて協会である黒島天主堂を建てました。

住所 長崎県佐世保市黒島町
電話番号 095-823-7650(長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンター)

野崎島の集落跡

Photo by Mark thanks for 2,000,000+ views

長崎県の野崎島は古くから沖ノ嶋神社があり、海の守り神として信仰していました。まら、神道の霊地として神聖な場所だったため、一般の人が生活をしてもよい場所ではありませんでした。19世紀に入っても、野崎島には一ヵ所しか集落がありませんでした。

その一ヵ所だった場所が「野崎島の集落」です。19世紀中ごろになり、ようやく外海地域などから人々が移住をします。この時、潜伏キリシタンの多くも移住をしたため、野崎島の集落で潜伏キリシタンが増えた要因となります。

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潜伏キリシタンが増え、島の中腹に野首集落、島の一番下に稲森集落ができます。潜伏キリシタン達は共同体を守るために、表向きは沖ノ嶋神社の氏子になり、仏教徒を装い、密かにキリスト教を信仰していました。

現在観光地となっている潜伏キリシタンの墓地などは、通常の人とは反対に埋葬されていたそうです。教禁令が廃止されてから野崎島に建った教会は、現在で3つめの教会で、旧野首教会になります。

野首教会が外観は洋風ですが、教会内部は美しい曲線を出すために、竹や縄で骨組みを造り、土で固めて漆喰を塗る作業がされており、西洋文化と日本文化の絶妙な調合に、繊細な組み合わせを見ることができます。

Photo byPexels

世界遺産に含まれている教会なので、一度に多くの人数が入ることができない場合もあります。アクセスされる際は事前に、長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンターへお問い合わせをして下さい。

住所 長崎県北松浦郡小値賀町野崎郷
電話番号 095-823-7650(長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンター)

久賀島の集落

Photo byFotoArt-Treu

日本から中国大陸への貿易船の航路上にあったのが、長崎県の久賀島です。五島藩が治めていた場所でした。16世紀後半から17世紀にかけて、キリスト教が伝わっていたとされますが、教禁令により、一旦途絶えます。

18世紀には仏教集落のみの島とされていましたが、18世紀の終わりに、五島藩の開拓移民政策で、外海地域から多くの潜伏キリシタンが移住します。これによって「久賀島の集落」が出来ます。

仏教集落が多かったため、潜伏キリシタンは離れた場所に潜伏キリシタン集落を作りましたが、潜伏キリシタンのみで未開地を開拓し、農耕作をするのは大変厳しい状況でした。

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生活をするために潜伏キリシタン達は、仏教集落の人々と力を合わせて田畑に漁業など、未開地を開拓し、共同体を守る生活を送っていました。

しかし、1868年、洗礼を受けた信者が信仰を明らかにしたところ、約200人が捕縛されたのち、6坪ほどの牢屋に200人余を8ヵ月間閉じ込め、朝夕に一片のサツマイモしか与えなかったため、子どもを含む多くの人が亡くなるという残念な出来事が起こります。

この凄惨な出来事は、宣教師として来日していたプティジャン神父によって本国のフランスに伝わり、キリシタン弾圧は外交問題にまで発展しました。こうして、1873年にはキリシタン禁制の高札が撤去され、日本に宗教の自由が訪れたのです。

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牢屋の窄(ろうやのさこ)の跡地には、現在は殉教記念教会が建てられています。日本の宗教の自由を開く鍵となった出来事は、久賀島での出来事だったのです。他にも久賀島には、瓦葺木造ですが、リブ・ヴォールト天井がある木造教会も観光名所として人気です。

住所 長崎県五島市蕨町
電話番号 095-823-7650(長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンター) 

長崎と天草地方の世界遺産・教会

Photo bymsandersmusic

長崎と天草地方の世界遺産には、教禁令廃止後に、天草の﨑津集落をはじめとする、ほぼ全部の場所に、潜伏キリシタンだった人々によって教会が建てられています。

建てられている教会の多くは、西洋文化のみの技術だけで造られているわけでなく、日本独自の建築構造も取り入れられており、美しく繊細な建物になっています。

決してアクセスしやす場所にあるわけではありませんが、日本に存在する世界遺産で一度は見たい文化遺産のうちのひとつです。有名な観光スポットにはなっていますが、教会は神聖な場所になるので、マナーを守って訪れましょう。

大浦天主堂

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1570年当初、長崎県は諸外国との貿易の窓口として栄えていました。10以上の教会が建っち並んでおり、町並みは小ローマといわれた程でした。その後、教禁令が出され多くの教会は取り壊され、信者も棄教しましたが、残った教会は潜伏キリシタンの大きな支えとなっていました。

教禁令が出され、長く鎖国の時代が続いていた、1865年に外国人の居留地として建設されたのが「大浦天主堂」です。建設当時は、外国人の為の教会でした。

それから1ヵ月後、潜伏キリシタンだけでなく、日本人の宗教の自由への道が開けた、大変重要な出来事が起こったのも、この大浦天主堂が舞台となっています。大浦天主堂で、浦上の潜伏キリシタンであった婦人が、プティジャン神父に信仰を告白します。
 

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2世紀ぶりに宣教師と信徒が出会う出来事です。世界宗教史上の奇跡である「信徒発見」が起りました。信徒発見の出来事は潜伏キリシタンへ大きな勇気を与え、天草の﨑津から外海の集落、様々な場所から主導者が宣教師へ会いに行く様になります。

1873年についに教禁令が解かれ、浦天主堂を拠点に宣教師たちが派遣され、カトリック復帰へ導いたとされています。

現在では、修学旅行の際に訪れる観光スポットとして有名です。アクセスもしやすく、気軽に日本の歴史に触れることができる、素敵な教会です。

住所 長崎県長崎市南山手町5-3
電話番号 095-823-7650(長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンター)

奈留島の江上集落(江上天主堂とその周辺)

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長崎県の奈留島も、18世紀末から19世紀にかけて、外海地域から潜伏キリシタンが移住しました。既存の仏教集落から遠く離れた江上地区に、4家族が移住します。彼らは山を切り開き開墾し、集落を作りました。

教禁令が解禁されてからも江上地区は潜伏キリシタンの風潮が残っており、江上地区より、奈留島の葛島にいた潜伏キリシタンの人々が、先にカトリックに復帰します。葛島教会から巡回してくる神父によって家御堂でミサが捧げられていました。

現代では考えられないアクセス方法ですが、時には、信者が遠命寺峠を越えて夏井まで歩き、夏井から櫓こぎ舟で葛島教会や上五島の有福教会にミサを受けに通ったといわれています。

Photo by sodai gomi

カトリックに復帰した江上地区の潜伏キリシタンの人々は、当時、江上地区はきびなご漁が盛んだったため、自力で資金を調達し、1918年に教会を建てます。

教会の敷地は、自分たちで山を切り崩して作ったそうです。簡素ながら、美しい木造の教会が江上天主堂です。湿気対策に高床式の構造、軒下には通気口も作られており、日本の伝統技術を駆使して作られています。観光名所として人気です。

住所 長崎県五島市奈留町大串1131-2
電話番号 095-823-7650(長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンター)

天草の世界遺産見学ならツアーがおすすめ

Photo by yto

天草の世界遺産である﨑津集落の見学なら、ツアーが非常におすすです。﨑津集落は世界遺産に登録されている場所なので、通常の観光名所とは違います。世界遺産を後世まで美しく保存するためには、観光するのにもマナーが必要です。

マナーはどういった様なもので、何に気を付ければよいのか、注意点などをツアーだと、わかりやすく教えて貰うことができます。

また、﨑津集落はバスなど公共の機関を利用して、自力でのアクセスとなると、乗り換えや待ち時間などが多くなります。長崎方面からはフェリーでのアクセスも可能ですが、やはり、バスや電車などでのアクセスは乗り換えが多いです。

Photo by zenjiro

効率良く﨑津集落に向かうためにも、ツアーがおすすめとなります。他にも、世界遺産である天草の﨑津集落を隅々まで堪能できるように、﨑津集落観光に特化したプランが組まれているのが、ツアーの魅力でもあります。

ガイドの詳しい説明

Photo by avatar-1

世界遺産観光に、ガイドさんの存在は外せません。より詳しく、より楽しく世界遺産を観光したいのなら、ガイドさんに案内をお願いすることをおすすめします。

その場所に特化したガイドさんになるので、歴史や場所についての理解が深まる情報を教えて貰うことができます。他にも、豆知識やおすすめの場所であったり、自分が気になったことをすぐに聞けるというのも、ガイドさんの良さでしょう。

教会を見学する時のマナーとは?

Photo byPexels

現在は世界遺産として観光することができる場所になっていますが、本来教会は神様に祈りをささげる神聖な場所です。祭壇は神域となっているので、絶対に入らない様にしましょう。

入り口近くにある水の入った容器は「聖堂盤」といって、信者さん達が聖堂に入るときに、十字を切って心を清めるために使うものです。安易に触れないようにしましょう。聖堂内部の写真撮影は禁止されています。

Photo byTama66

ミサの撮影ももちろん禁止です。教会内での飲食、喫煙、大声で騒ぐのも禁止です。服装は平服で大丈夫ですが、極度に肌を露出したものは避けましょう。

教会は厳かな場所です。また世界遺産になっている教会は神聖かつ貴重なものです。マナーに気を付けて観光見学しましょう。

天草観光で「世界遺産」をじっくり巡ろう!

Photo bybboellinger

どんなことがあっても決して信仰をやめなかった潜伏キリシタンの人達のおかげで、今日の日本の宗教の自由があります。激動の日本の動きを知ることが出来る天草観光で、世界遺産を堪能されてはいかがでしょうか。キリスト教の素晴らしさを知ることができるでしょう。

Fujico
ライター

Fujico

京都府在住の1児の母です。猫と神社仏閣、温泉と旅行に美味しいグルメが大好きです♪子供に負けじと好奇心旺盛です。

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