北海道帯広市にはかつて中世ドイツをモチーフにしたテーマパーク「グリュック王国」がありました。
現在では道内屈指の心霊スポットという不名誉な噂までありますが、開園当初は多くの観光客が訪れる、人気の観光地でした。
数奇な運命を辿ったグリュック王国についてご紹介します。
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グリュック王国とは何か?
「グリュック王国」は北海道帯広市に1989年に開園し、2007年に閉園したテーマパークです。
「赤頭巾」や「いばら姫」などロマンティックなグリム童話と中世ドイツを主題にしたテーマパークで、自然豊かな北海道のなかでも特にドイツの田園地帯によく似た帯広市に建設されました。
折しも日本はバブル景気に沸いており、それまで近隣に遊園地がなかった帯広市民はグリュック王国を心から歓迎しました。
北海道にいながらドイツの雰囲気が体験できるテーマパークは帯広市民のみならず観光客にも大人気で、最盛期の1992年には年間約70万人という入場者数を記録しました。
しかし1997年を境に入場者数が一気に落ち込み、2007年、グリュック王国はついに閉園に追い込まれました。
かつて威容を誇っていた美しい建物はたちまち廃墟と化し、さらに以前、遊具による死亡事故があったため、グリュック王国は北海道でも屈指の心霊スポットという噂まで立ちました。
北海道屈指の心霊スポットという噂もさることながら朽ちていく廃墟の美しさがネット上で話題になり、現在でも興味本位でグリュック王国に不法侵入する人が後を立ちません。
しかし20代以上の帯広市民のなかにはグリュック王国の思い出を懐かしみ、脇道から廃墟の写真を撮影する人もいます。
グリュック王国はグリム童話と中世ドイツをモチーフとした魅力的なテーマパークでありながら、資金繰りや施設の老朽化などさまざまな問題を抱えて閉園しました。
この記事では在りし日のグリュック王国と閉園した理由、廃墟となり心霊スポットと呼ばれるようになった現在までをご紹介します。
1989年・北海道の帯広市に開園
グリュック王国は1989年、帯広市幸福町で開園しました。
ちなみにグリュック王国はドイツ語で「Glücks-Königreich」、幸福の王国という意味です。
帯広空港から車で約3分という立地にありながら周囲はビートや馬鈴薯、小麦畑がパッチワークのように連なる北海道らしい風景が続いています。
また帯広市幸福町は「愛の国から幸福へ」のフレーズで有名な恋人たちの聖地「幸福駅」があることでも知られています。
幸福駅は1987年に廃止された廃駅ですが、ディーゼルカーがある北海道らしい風景と縁起の良い「愛国から幸福行き」の切符を求めて現在でも多くの観光客が訪れます。
十勝・帯広の風景はドイツの田園風景とよく似ているといわれていますが、それには理由があります。
1923年、当時の北海道庁はビート(甜菜)の栽培をはじめとする近代農業技術の普及のため、ドイツからフリードリッヒ・コッホ一家とウィルヘルム・グラバウ一家を5ヵ年契約で招きました。
コッホ一家は十勝・清水町に、グラバウ一家は帯広市に居を構え、地域住民にビート栽培をはじめ酪農や養豚技術を指導しました。
帯広市をはじめ十勝地方に小麦やビート、馬鈴薯を輪作し牛や豚を飼育する現在の混合農業経営が広まったのは、彼らドイツ人農家の影響が強いといわれています。
なお清水町にはコッホ一家が住んだ家が現在も残されています。
またコッホ氏の次女・ヘルタ氏は日本人青年・三澤正男氏と結婚し北海道に残りましたが、戦後東西ドイツが分断したことで行き来がままならなくなり、死ぬまで故郷の東ドイツの地を踏むことはなかったという話が伝わっています。
グリュック王国が誕生した1989年は日本中がバブル景気に沸き、福岡県の「スペースワールド」や北海道芦別町の「カナディアンワールド」などテーマパークが雨後の筍のように乱立した時期でした。
帯広市もこれに負けじと観光による町おこしを目指し、グリュック王国の設立に至りました。
グリュック王国を管理・運営していたぜんりんレジャーランド(株)の西惇夫社長は、以前ドイツを旅行した際に美しい街並みに感激し、北海道帯広市に中世ドイツの街とグリム童話の世界を忠実に再現しようとしました。
当時は十勝全体にドイツ・メルヒェン街道を再現する構想もあったようです。
歴史的建物や銅像、石畳の道など、細部までドイツにこだわって建設されたテーマパーク・グリュック王国は話題を呼び、1989年7月にはドイツの自治体の市長らを招いて盛大なオープニングセレモニーが行われました。
しかし西社長のこうしたこだわりは、後々経営の大きな足枷になりました。
中世ドイツとグリム童話がモチーフのテーマパーク
中世ドイツとグリム童話をモチーフにしたテーマパーク・グリュック王国は、豪華なホテルがあるグリムの王城(ビュッケブルク城)とハーナウ市庁舎や木組みの家があるグリムの街、グリム童話のオブジェがあるグリムの村、そして遊園地・グリムの森の4つのエリアに分かれて営業していました。
ドイツのオイローパ・パークのチケット売り場をモデルにした入国ゲートでは、ドイツのパスポートを模した「グリュック王国パスポート」が発行されました。
入園料(遊園地含む)は大人3800円、小人3200円で、厚みのある本格的なパスポートには日付入りの入国スタンプが押されました。
グリムの街にはグリム兄弟生誕の地・ハーナウの市庁舎を忠実に再現した「ハーナウ市庁舎」が建造されました。
ドイツの瓦職人を呼び寄せて瓦を葺いた石造りの市庁舎は、まさにグリュック王国のシンボルともいえる建物で、市庁舎の前には実物から鋳造した「グリム兄弟の銅像」が置かれました。
ハーナウ市庁舎の1階にはグリュック王国の総合案内所をはじめガラス工房や彫金工房が入店しており、職人たちによる実演が行われていました。
2階のレストラン「ハーナウ」ではドイツ人シェフが作る料理とワインが楽しめ、初めて食べる本格的なドイツ料理に帯広市民は舌鼓を打ちました。
グリュック王国の栄華の象徴「ビュッケブルク城」(シュロスホテル)は開園から3年後の1992年に完成しました。
日本最大級の大天井画や豪華な内装は当時とても話題になり、帯広にいながら本場ドイツの城館に泊まれるという物珍しさも手伝って、ホテルは観光客から絶大な人気がありました。
ヴェーザールネサンス様式の美しいホテルでは、毎夜コンサートなどさまざまなイベントが行われ、ホテルの利用客たちはその豪華さに酔いしれました。
グリュック王国が閉園した後は廃墟となったホテル内部の写真がネット上に流出し、ここで心霊現象が起きるなど根も葉もない噂が立ちました。
グリュック王国の「マルクト広場」に建てられた「木組みの家」は、グリム童話にゆかりのあるヘッセン州とニーダーザクセン州の様式で建設されました。
木組みの家にはドイツパン専門店や輸入雑貨ショップ、ドイツ製のおもちゃを扱う玩具店などが立ち並び、当時の子供たちを夢中にさせました。
ドイツ人のパン職人が石窯で焼く本格的なドイツパンは、日本で販売されているふかふかのパンと違ってどっしりとした食べ応えと独特の酸っぱさがあり、初めて食べる味に帯広市民は驚きました。
パン屋の2階はドイツ風カフェになっており、遊園地で遊び疲れた親子連れがよく利用していました。
グリュック王国には「ブレーメンの音楽隊」や「いばら姫」などグリム童話にまつわるさまざまなオブジェがあり、王国の雰囲気を否が応にも盛り上げていました。
なおブレーメンの音楽隊の像は閉園後の2012年に神奈川県川崎市に寄贈され、現在でも東急東横線元住吉駅の前で見ることができます。
グリュック王国では「ハーメルンの笛吹き男」野外劇や大道芸人によるショーなど、さまざまなイベントが開催されました。
ちょっとしたゲームのなかでは、小さな円形の舞台の中央でネズミを放し、ネズミが一番最初にどの部屋に入るかを当てる「ねずみルーレット」が子供に人気がありました。
グリュック王国で一番人気があったのが遊園地「グリムの森」でした。
ジェットコースターや帆船を模した絶叫マシン「シードラゴン」など、楽しい遊具に子供たちは夢中になりました。
くるくる回転するスリル満点の空中ブランコ「ウェーブスインガー」も大人から子供まで人気がありました。
入園者数は年々減少
しかしグリュック王国はバブル崩壊後、帯広空港を利用する観光客が減ったことで入場者数が一気に激減しました。
その後も施設の老朽化や経営改善のために行ったイベントがことごとく失敗に終わったことで入場者数は年々減り続け、2003年に休園、2007年には正式に閉園が決定しました。
グリュック王国の現在
グリュック王国は閉園後そのまま放置され、現在では荒れ放題の廃墟になっています。
入口には心霊スポットや廃墟の噂を聞きつけてやってきた不法侵入者への物騒な警告文が書かれた看板がいくつも設置されており、周辺の農道から見える廃墟の外観だけが当時のグリュック王国をしのばせます。
建造物が残されたまま廃墟となった
グリュック王国の周辺は木々が生い茂り、遠目からはどうなっているのか確認できませんが、途別川にかかる「グリュック橋」まで近づくと廃墟の外観が確認できます。
心霊スポットと噂されてはいますが外観はさほど変わっておらず、当時のグリュック王国のクオリティーの高さがうかがえます。
廃墟と化したグリュック王国のなかでも一際目立つのがかつて威容を誇ったビュッケブルク城の尖端です。
白樺の林の向こうには廃墟らしからぬ木組みの家や聖カテリーナ教会なども見え、まるで今でもそこに中世ドイツの街があるようです。
外観がきれいなので心霊スポットにはとても見えません。
立ち入り禁止看板があり中には入れない状態
バブル景気の時期に乱立したテーマパークは、バブル崩壊後ほとんどが営業不振に見舞われ閉園に追い込まれました。
テーマパークのなかには市営公園として利用されている場所もありますが、放置され廃墟と化したグリュック王国は現在、立ち入り禁止の看板の向こうで静かに眠りについています。
グリュック王国はいつから廃墟になったのか
グリュック王国が現在のような廃墟になったのは2007年の閉園以降です。
しかし休園に追い込まれた2003年ごろにはすでにあちこちが傷んでいたといわれています。
テーマパークとして細部にまで徹底的にこだわった分、維持費や修繕費がかさみ、建物の内部はボロボロになりつつありました。
2007年以降
グリュック王国は当初競売される予定でしたが結局は放置され、バブル崩壊後に閉園した多くのテーマパークと同じく朽ちていきました。
時折、廃墟と化した現在のグリュック王国の写真をネット上で見かけることもありますが、そのどれもがホラー映画のようなおどろおどろしさに満ちています。
雑草がぼうぼうの石畳や倒壊したオブジェ、そしてガラスが散乱したホテルの内部など、現在のグリュック王国は心霊スポットの噂にたがわぬ不気味な雰囲気が漂っています。
しかし廃墟と化したはずのグリュック王国には不思議な「美」があり、その儚き美しさに魅了される人も少なくありません。
2011年には不法侵入が相次ぎ大問題に
グリュック王国は閉園後、心霊スポットへ肝試しに来た若者の不法侵入や窃盗が相次ぎ、2011年には折からの「廃墟ブーム」も手伝って大問題に発展しました。
逮捕者は14名にも及び、現在でも問題は継続しています。
なぜか人をひきつけずにおかない美しき廃墟、それがグリュック王国なのです。
グリュック王国はなぜ閉鎖してしまったのか
グリュック王国が閉園した理由のひとつに、リピーターがつかなかったこと、何より北海道最大の都市・札幌からの集客が確保できなかったことがあげられます。
現在、札幌~帯広間は道東道で結ばれていますが、グリュック王国が開館した当時は通じておらず、札幌圏からのアクセスが不便でした。
また道内5位の人口を誇る釧路市からも車で約2時間かかります。
このようにグリュック王国は帯広市以外の都市圏からの集客が難しい場所にありました。
さらにバブル崩壊による観光客の減少が入場者数の激減に拍車をかけ、累積赤字によるグリュック王国の負債額はどんどん膨らんでいきました。
運営会社の資金繰りが悪化したため
休園する前の数年間、グリュック王国も他のテーマパークと同じく資金繰りに苦しみました。
初期投資(一説には200億円)が回収できないのはもちろん、入場者数の激減によって本物のドイツにこだわった施設の修繕費や維持費の捻出にも事欠き、バブル崩壊で銀行融資もままならなくなりました。
グリュック王国はCMやドラマのロケ地として園内の施設を貸し出したり、各種イベントを開催して集客に繋げようとしたものの、どれも入場者数の回復にはいたりませんでした。
その後グリュック王国は長期休園し、2007年にはついに閉園します。
1989年の開園から実に18年後のことでした。
グリュック王国は心霊スポットって本当?
現在では北海道でも屈指の心霊スポットとして有名なグリュック王国ですが、心霊現象が起きるという噂は本当でしょうか。
確かに廃墟と化したテーマパークのなかには心霊現象で有名なスポットがいくつかあります。
グリュック王国でも廃墟ホテルでラップ音が鳴り響くとの噂が後を絶ちません。
グリュック王国が心霊スポットと噂されるようになったのは、休園する前に起こった遊具による死亡事故とも何か関係があるかもしれません。
しかしグリュック王国が心霊スポットというのは朽ちていく建物の内部が不気味なことから発生した噂にすぎず、現在では入口も厳重に閉鎖されています。
グリュック王国へのアクセス方法
グリュック王国へは帯広空港から車で約3分、JR帯広駅からは車で約35分です。
帯広空港からアクセスする場合、道道109号線へ出て「トヨタレンタカー帯広空港店」を右折、直進するとビュッケブルク城が見えてきます。
さらに直進し道道1157号線を右折すると、グリュック王国の看板があります。
道道1157号線を直進すると観覧車が見えてきます。
周囲の農道に入るとグリュック王国の建物にさらに近づけます。
夏に訪れる人が多いですが、木の葉が散ってグリュック王国の外観がクリアになる冬の景色もおすすめです。
なお、グリュック王国への侵入は固く禁じられているのでご注意ください。
帯広空港を目指してアクセスしよう
十勝地方の玄関口「とかち帯広空港」は現在、帯広~東京(羽田)便が1日7往復運航しています(8月のみ名古屋直行便が週4便運航)。
帯広空港からは帯広市内への空港連絡バスが運行しており、市街地へのアクセスも良好です。
レンタカー(日産ほか)の営業所も近く、道東観光にも便利です。
帯広空港のショップでは北海道を代表する製菓店「六花亭」の銘菓をはじめ、地場産の農産物や海産物など、さまざまなお土産を販売しています。
六花亭では有名な「マルセイバターサンド」はもちろん、本店ほか道内数店舗でしか食べられない「サクサクパイ」も販売しており、観光客に人気です。
そのほか帯広の老舗製菓店「柳月」の「三方六」や「クランベリー」のさつまいもを丸ごと使った「スイートポテト」も家族や友人のお土産におすすめです。
甘いものが苦手な人には新得や中札内村など十勝の有名チーズ工房から取り寄せた種類豊富な手作りチーズや十勝ワインなどが好評です。
帯広空港のレストラン「ハートフィールド」では豚肉にタレをからめて焼いた十勝名物「豚丼」や甘えびがたっぷりのった「甘えび丼」などが味わえます。
また、広大な放牧地でのびのび育った牛の生乳を使った「あすなろファーミング」(清水町)の濃厚ソフトクリームも空港の利用客に人気です。
グリュック王国の周辺にある観光スポットでまずおすすめしたいのが「中札内農村休暇村 フェーリエンドルフ」です。
こちらはグリュック王国の創設者・西社長が運営していたリゾート施設で、自然豊かな森でドイツの古民家風コテージに宿泊したりBBQをしたりなど手軽にアウトドアが楽しめます。
ドイツ風コテージが建ち並ぶフェーリエンドルフは、どこかグリュック王国の面影を感じさせます。
森の中に住んでいるエゾリスやシマリスがときどきコテージに姿を現わすのもご愛敬です。
また森の中のレストラン「ミュンヒ・ハウゼン」では、十勝の食材をふんだんに使った料理が味わえます。
西社長はグリュック王国が閉園した後も、フェーリエンドルフをはじめ観光施設の運営や数々のイベントを手がけるなど十勝・帯広の観光振興に力を尽くし、2018年、惜しまれつつ亡くなりました。
「紫竹ガーデン」は帯広市の郊外にある人気のガーデンです。
面積約5ha、2500種の花々が咲き乱れるガーデンは、北海道ガーデン街道のひとつにも選ばれています。
色鮮やかな一年草が咲く「パレット花壇」や季節ごとの花が植えられた「花の径」など、テーマごとに分けられているのも特徴です。
紫竹ガーデンは紫竹昭葉氏が娘夫婦と20年以上かけて作り上げた庭園で、今では年間10万人以上が訪れる観光名所になりました。
さまざまな花々があるがままに咲くナチュラルガーデンはグリュック王国のように朽ちることなく、冬に枯れても春にまた花を咲かせ、訪れた観光客を楽しませます。
紫竹ガーデンの営業期間は4月20日から11月末まで、営業時間は8:00~18:00です。
11月末の閉園後もレストランは営業しています。
場所は道道55号線を経由して車で約20分です。
グリュック王国は朽ち果ててしまったテーマパーク
朽ち果てたテーマパーク・グリュック王国について紹介しました。
しかし帯広市民、特に畑作や酪農に従事し長期間休暇がとれない人たちにとって、ドイツ文化と触れ合えるグリュック王国は夢のような場所だったのです。
ほんの一時の幸せな夢、それが帯広市民にとってのグリュック王国でした。